チェーン店が地元に出来るとモヤモヤする感覚

昨日は、鷹巣まで電車でいってローカル居酒屋めぐりをしてきました。
あとでブログに記事を書くことにはなると思うのですが、どこも長年そこでお店を営業されているところばかりです。

常々、技術が進歩することは良い、それで生活が楽になることは良いと言っておきながら、自分はチェーン店というのが嫌いなのです。それを言ってしまったら自分がネットで買物をするのはどうなんだという自己否定にもなるような気もするのですが、地元に有名店が出来ることに嬉しいという感覚がありません。

チェーン店は利益を出すことが計算され尽くしています。どうすれば利益が取れるのか、興味を持ってもらえるのか、どうしたら再度利用してくれるのか。ポイントサービスであったり、幅広い品揃えであったり、定期的な値引きであったり。計算していなければ多数の店舗から利益を出すことは難しく、成長させ続け知名度をあげていくことは難しくなります。小さなお店ではそういうことが定期的に出来るほど体力がありません。


自分は地元の良さを何にも知らないのではないかと思う感覚があります。当たり前にある風景の中に溶け込む、当たり前の光景を見逃しているのです。

「このあたりは昔は栄えていたのに今は時代が変わってしまった」という言葉の裏には、商売人が努力をしなかったという理由だけで片付けられる、衰退があるのでしょうか。新しいものができ、注目すべきものが移り変わって、古くからあるお店が注目されにくくなったというだけではないでしょうか。

地元に住んでいる人が地元のことを知ろうとせずに、その文化が継承されずに廃れていく。気づいた頃には周りは大手に囲まれて、ローカル店に人はいない。観光資産として考えてみても、特徴ない街が形成されていくとそこに呼び込むべき要素は限りなく少なくなります。

もちろんチェーン店の出店をコントロールできるものではありませんし、何もせずにも、利益が取れそうだと企業が考えた場所にはお店は増えます。

そうなっていったときに自分が応援したいのは地元に根付くお店なのではないか、そう思うんですよね。新しく新店舗が増えるという情報を聞いたときに手放しで喜べないのは、自分がチェーン店に脅威を感じているのからかもしれません。商売人でなくとも、それが地元にできれば大きく流れが変わってしまう可能性があるというのは危機的に察知するのです。

最終的に残るのは、お客さんに認められたお店です。それには異論ありません。

比較すべき対象が認知度が大きく違う状態で、比較すらされない状態で一人負けしていく、そういう状態が勿体無いと思うのです。実際はしっかりサービスをしているのにもかかわらず、知らないからという理由で一度も利用されずになくなる。それほど悲しいことはありません。

このブログは様々な飲食店のことを書いています。最終的な判断は読者の方が決めれば良いことですが、様々な検討材料の一つとして記事が参照されたら、公平な状態ではじめて勝負できるのではないでしょうか。

知名度と素敵さは別物なんですよ。
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