余白を大事にすれば、きっとどれを選んでも楽しい
ミニマリスト的な生活をして数年経ちますが、実に快適な生活を送っています。
どうして「ミニマリスト」という世間一般からみればストイックな生活が自分に合うのか考えてみると、物を無くしていくプロセスの中で、自然と本質に近づいていくことと、物を少なくすることで、今まで雑多で見えにくかった部分が余白に変わり、そこから様々な空想が出来るからではないかと思います。そして、持たない生活が根本的に好きだからこそ、状態を維持できるのです。
物には設計段階で想定されていた姿があるとは思うのですが、それを狭めてしまっているのは「思い込み」「当たり前」が大きいような気がして、その枠を取っ払うことが出来ると、目の前の日常が大きく変わって見えるような気がします。
なにかについて正解を "決めつける" つもりはありません。日々、制約の中でどれを選んだら最適であるか考え続けているだけで、これはプライベートでも仕事でも同じことだと思います。今ある状況を把握できなければ、下した判断がその時点で最適ではない可能性が高くなります。
どうしたら、単純化できるか。ネックとなっている問題はなにか。なぜ、自分はそう思うのか。日々考えることを続けることで、小さな気付きをたくさん拾えるようになると思います。考えついたメリットもデメリットも考慮して、後はどのような行動を選択をするかだけです。
ミニマリスト的な生活をするようになって「完璧など存在しない」ということが強く感覚としてわかるようになりました。物事には二面性があって、片方を選ぼうとすると、もう片方は成立しなくなります。それを限りなく自分の好みに合うような物を選択しようとしても、相容れない性質のことに興味を持っていれば、それらを一つに統合するのはムリです。
こういう問題に出会ったときに、無理に物を減らす必要はないということにも気づきます。それを一つにすることで大幅なメリットがなければ、減らすことに固執して頑張って一つにしたところで、特に生活は変わりません。大事なのは、いかに考え方を柔軟に持てるかどうかです。
デメリットが気になってしまって、今どうしても結論として着地しないことがあるでしょう。そういうときは、スッと受け入れられる時期が訪れるまでゆっくり待てば良いのかも。決断しないことが出来るのは、余白の存在を認めているからなのでしょうね。
自分の考え方次第で見え方は変わっていくと思います。
文章力が足りなくて、上手く表現出来ませんけど、この記事が書きたくなったのは、このお二人の文章を読んだからです。
「不思議の余白」と静かに戯れる時間の楽しさ。そして、別にどれを選択してもきっと楽しいということ。
どうして「ミニマリスト」という世間一般からみればストイックな生活が自分に合うのか考えてみると、物を無くしていくプロセスの中で、自然と本質に近づいていくことと、物を少なくすることで、今まで雑多で見えにくかった部分が余白に変わり、そこから様々な空想が出来るからではないかと思います。そして、持たない生活が根本的に好きだからこそ、状態を維持できるのです。
物には設計段階で想定されていた姿があるとは思うのですが、それを狭めてしまっているのは「思い込み」「当たり前」が大きいような気がして、その枠を取っ払うことが出来ると、目の前の日常が大きく変わって見えるような気がします。
なにかについて正解を "決めつける" つもりはありません。日々、制約の中でどれを選んだら最適であるか考え続けているだけで、これはプライベートでも仕事でも同じことだと思います。今ある状況を把握できなければ、下した判断がその時点で最適ではない可能性が高くなります。
どうしたら、単純化できるか。ネックとなっている問題はなにか。なぜ、自分はそう思うのか。日々考えることを続けることで、小さな気付きをたくさん拾えるようになると思います。考えついたメリットもデメリットも考慮して、後はどのような行動を選択をするかだけです。
ミニマリスト的な生活をするようになって「完璧など存在しない」ということが強く感覚としてわかるようになりました。物事には二面性があって、片方を選ぼうとすると、もう片方は成立しなくなります。それを限りなく自分の好みに合うような物を選択しようとしても、相容れない性質のことに興味を持っていれば、それらを一つに統合するのはムリです。
こういう問題に出会ったときに、無理に物を減らす必要はないということにも気づきます。それを一つにすることで大幅なメリットがなければ、減らすことに固執して頑張って一つにしたところで、特に生活は変わりません。大事なのは、いかに考え方を柔軟に持てるかどうかです。
デメリットが気になってしまって、今どうしても結論として着地しないことがあるでしょう。そういうときは、スッと受け入れられる時期が訪れるまでゆっくり待てば良いのかも。決断しないことが出来るのは、余白の存在を認めているからなのでしょうね。
自分の考え方次第で見え方は変わっていくと思います。
文章力が足りなくて、上手く表現出来ませんけど、この記事が書きたくなったのは、このお二人の文章を読んだからです。
私は、わりといいカニを食べてきたと思います。だけど、「もしカニがなかったら私の人生は今よりも価値が低いものだった」なんて思いません。カニがなくても、私は今と同程度に素晴らしく、今と同程度にくだらなく、今と同程度に面白く、今と同程度につまらない人間だったでしょう。カニあり/カニなしの人生の間に生じる差異は、価値の高低ではなくただの方向性です。
私にいえるのは、「私が食べたカニは美味かった」という事実それだけであって、他人にとってカニが美味いかどうかは知る由もないし、ましてや「人生にはカニが必要」なんて絶対にいいません。この人生においてカニを食べて良かったと思っているし、いいカニだったのでなかなか美味でしたが、なきゃないで、私は楽しくよろしくやってるのではないでしょうか。
(私は恋愛の素晴らしさを滔々と語るヤツが大っ嫌い - 3ヶ月だけください)
「答え」を「知って」しまったら、「不思議の余白」がなくなってしまう。知れば知るほど疑問はうまれるものだけど、その余白を埋めていく速度は、ゆっくりでいいんだな。
「不思議の種」がまかれたら、求められない限り、そっとしておこう。うっかり私が過剰に肥料をあげてしまわないように。
「不思議の余白」と静かに戯れる時間が彼女にもたらすもの、育むものを、私が奪ってしまわないように。
(◎不思議の種と、不思議の余白。 - 未来を編む。blog)
「不思議の余白」と静かに戯れる時間の楽しさ。そして、別にどれを選択してもきっと楽しいということ。
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