指示されたことの本質を掴めていないこと

求められることの本質を理解せずに、自分の感覚を優先させてしまうときがある。要は空気が読めない状況が自分にはよくよくあるようです。

自分は中身を理解せずに、表面上淡々と作業するのが苦手なタイプで、人生の中で「考えない」ことがないと言っていいほど、常日頃から思考して目の前のことに関わっていくスタンスで暮らしている。

それゆえ、自分が考えたことがないものに出会ったときに、その作業がなぜそれで成り立つのかもっと深い部分まで考えようとしてしまう。

自分にとって物事を理解するとは、構造を考え中身を理解していくことであって、一番にその部分について思考してしまう癖があるのですが、いつも失敗する原因としては、他者の意図したことを汲み取らず、指示されたことの本質を掴んでいないところにあるらしい。

現在の状況で最適とされることが型にはまって、とにかく早く終わらせることだとするならば、そこで内容を理解する必要はない。自分からすると内容を理解せずにこなすことはストレスで仕方がないのですが、相手の意図がそうであるとするならば、自分の考えるという行動自体、その場のこなすべきタスクには合わないこととなる。

実際思考もせずに、型にはまった作業をすればすぐに終わるであろう。でも、作業からその作業をやる意味は見えてこない。こう考えてしまうあたり、やはり考えることについて切り離して、淡々とこなすことが出来ないタイプなのであろう。

自分の凝り固まった「考えすぎてしまうこと」を考えないようにすることは難しいので、向ける視点を変える努力をしようと思う。この状況での正解は、内容を良くすることではなく、できるだけ早く終わらせることだと、目標の設定ができれば早く終わらせることに対して、さらに良い解はないのか検討し始めることだろう。

改めて考え直してみることで、自分の欠点がわかり、自分の長所もわかってくる。あとは長所を活かすにはどうしたらいいか考えるだけだけれども、自分は「交渉力がない」ので、どうしたらその欠点を補えるかを考えなければですね。向き合う対象が「対人」となると途端に苦手意識のある自分は、人と話すことに無意識の抵抗感があるのかもしれませんね。


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フルスタックエンジニア=皿型人材=都合のいい奴隷? - 648 blog


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