心の充足感を得られること

ミニマリスト的な生活、模索すればするほど、目の前の必要最小限が変化していって、あれは絶対必要だと思っていたものが重要ではなくなってくるようです。

すごく極端な話をすれば、身につけるものと雨風しのげる住居さえされば、人間はまず社会の中で暮らせるわけで、"絶対" に必要なものなんて数少ない。人里離れて山小屋などで暮らすことをしたならば、もっと目の前の必要最小限が変わって見えてくるでしょう。

他人の所有に文句をつけることはありませんが、自分の信念というか価値観を強くしていくと、他人からは理解されにくい部分がどんどん増えていくのだということを人との会話の中で感じます。極端な方向へ進んでいるのはわかるけど、自分にはそれが心地よいのだから、他人には理解できなくても自分にとっては正しいのです。

持たない生活、何にも縛られない生活。欲しいとねだって、借金までして買ったものが実は必要なかったということもあるんじゃないかと思うと、どんどん小さな生活を求めていくのが正解な気がするし、所有することでシアワセでになれるということは自分の価値観の中ではきっと繋がりがない。

「心の充足感を得られることは何か」さえ意識していればもっと生活はシンプルになっていくのではないか、そんなことを考えたりします。所有の少なさ という目に見えやすいものだけで表せない、もっとスッキリした生活があるんじゃないかな。
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