素敵なイベントにある逃げられるスペース

自分が素敵なイベントだなぁと感じるタイプのイベントには共通点があって、そのイベントに興味がある人が集まる場所の他に、疲れた場合だったり、そこに混じれない人が逃げるスペースが確保されている場合が多い。

昨日開催した管理人が主催するオトバルというイベントは、大型なスピーカーは導入していません。音を遠くでもよく聞こえる前提で音作りをしていないからです。

音がよく聞こえるスポットはDJブースの前だけで、そこをそれると良い音から遠ざかりますし、音が控えめになります。これが逃げられるスペースです。

不快なイベントには、孤独を感じたときに逃げるスペースが存在しません。イベントに来たのに帰りたくなるというのはそこにいる意味を見つけ出せない、自分のいるスペースがないと判断するからです。そんな時、逃げるスペースが確保されているというのは安心感に繋がるのです。

ただ、ここには一つ抑えておくポイントがあって、逃げるスペースというのはイベントから離れすぎたポジションにあってはいけません。イベントにいるということを実感できた上でその近くに逃げるスペースが必要なのです。


実はオトバルとはコンセプトが違うイベントを御成座で開催しようと数年前から検討しているのですが、それは完全に座席指定で、逃げるスペースが確保されていないイベントです。

例えば、映画がつまらなかったら途中で席を立つ方もいますが、暗闇でドアを開けると他の人の迷惑になるという特殊環境を考えるとそういう行動は稀で、終わる時間の予測が立てられるという条件がついたとき、人はその空間の不快さを許容できる能力が備わっているのかもしれません。いつ終わるかわからないという状況には不安がつきまとうものです。

自分がやりたいことを押し付けようとするとそこには逃げるスペースが確保されない場合が多いのではないかと思います。一方、自由度の高いイベント、参加者が自主的に参加するイベントには多様な価値観を許す雰囲気があり、そこには逃げるスペースが確保されているように思います。

映画や演劇など芸術の世界というのは前者な雰囲気、イベントやパーティーは後者の雰囲気。そこでやりたいことが「伝えたいことがある」なのか、「共感を求めていく」なのかでスタイルが変わるんだろうなぁと思います。

性質が違うタイプのものをイベントという大きな括りでまとめると痛い目にあいそうです。

コンセプトをしっかり定めると、起こりうるリスクを事前に予測することができ、そのイベントを構築する強い芯になります。他の人のイベントはわかりませんが、自分がやるならコンセプトはしっかりしたいと思いますね。
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