最小であること 最適であること

最近Androidにブログアプリを入れたせいか、写真を乗せない文字だけの記事が増えるようになった。

本来Bluetoothキーボードを常に持ち運べばもっと簡単にブログがかけるのだろうが、案外嫌っていた5.5インチ大画面スマホでも文字入力がスイスイできることに気づいた。4インチスマホよりも格段にバッテリー持ちが良いのでデメリットをメリットが上回ってカバーしてしまった。

外出先でBluetoothキーボードを常に持ち運ばない理由を考えたときに、常に必要でないからというのはもっともらしい理由であるように見えて結果であって、自分の所有するショルダーバッグにおさまらないというのが理由として大きい。そうしない何かは少しのストレスや違和感から作り出される。

どのバッグにもおさまるサイズだったら持ち歩くのは間違いないのだけど、折りたたみタイプのBluetoothキーボードを見る限りだと、どれも日本語配列ではなく自分の理想のものに出会わない。機能的な問題もある。

今使っているロジクールのK380は使えば使うほど良く出来ているキーボードだと思うので、最小であることと最適であることは必ずしも自分の価値観の中では一致しないようだ。


自分の部屋の中には、小学校の時に使っていた勉強机がそのまま置かれている。バラして捨てられないからというネガティブな理由であって、本当は処分したいもの。テーブルの引き出しの中には一つもものが入っていない。

自分が主催するイベントでDJ機材を載せるように買ったりんご箱は現在部屋の中の収納として利用している。しかし、このりんご箱自体も収納として大きすぎてスペースが余ってしまう。

もし、イベントをやっていなかったらりんご箱が家に置かれることは絶対にない。必要だから置いているけど普段の生活には全く不要なもので、収納家具というものの必要性に疑問がある。服や家電を除けば、必要なものは勉強机の中に余裕で収まってしまうだろう。

部屋が広いと掃除が面倒くさくなる。部屋が狭いと掃除機なんて使わなくてもすぐ掃除が終わる。もし、一人でアパート暮らしをするなら積極的に狭い家に住みたい。

様々な成約の中での最適は最小にはならない。最小にするためにはあらゆることを諦めなくてはいけないけど、興味のあることを辞めるのは本末転倒。最小にすることを考えすぎると思考がストップするので注意が必要。

物置としての見えないスペースを許容するのなら、目に見える範囲でのモノは極端に少なくなるだろう。今の1/4くらいにはなる。

考えれば考えるほど、必要なものはほんの一握りという結論にたどり着くのである。生活に彩りというのは所有でなく経験。
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