日本酒 は好きかどうかは別として行動範囲は広がる

最近、日本酒というのは食文化や地域に強く関わるものだと思うようになっています。これは自分が住んでいる県が「酒処・秋田」だからなのかもしれない。といっても、自分は日本酒に関する知識が薄すぎるので事実はわからないのですが。

カクテルを提供するお店というのは飲み屋が少ない田舎ではあまり多くはない。自分はビールが得意ではなく、サワー系もあまり飲まない。カクテルがないお店では飲むお酒が今まではありませんでした。

友人に進められるがままに日本酒を少しではありますが飲めるようになってからというものの入れるお店にほぼ制限がなくなった感じで、ディープな秋田 また 北東北を見ることが出来るようになっている気がします。日中のお店でも新規オープンしたところ、まだまだ行っていない古くからのお店はあるものの、地域の特徴を掴むのであれば夜のお店は実に面白い気がするんですよね。

飲んでいるお客さん、また店の人との話。日中のお店というのはどちらかというとご飯を食べるのがメインだからあんまり会話をする機会は多くないように思います。一部を見て、それを全体に適用する無責任な思い込みはどんな時でも辞めたほうがいいけど、初めて行った地区でなんとなくの雰囲気をつかむには飲み屋が一番手っ取り早い。

日本酒は地域で作られたことが表に出されることの多いお酒なので、お店ごとに扱っているものも違ってすごく面白いです。

秋田県では昔っから「なんにもない」というのが口癖のように言われるようなところがあります。自分は曖昧なニュアンスでの "地域性" って言う言葉があんまり好きではないのですが、よく聞かれる「なんにもない」という言葉の意味をここ数年深く考えようとしている自分がいます。

「なんにもない」が事実だとして、そもそも「なんにもない」ことは悪いことなのか。また、「なんにもない」ということが本当に事実であるのか。「なんにもない」というのは何を基準に「なんにもない」なのか。

秋田県大館市に28年間住んで自分は地元が好きなのでありますが、人にオススメ出来る魅力というのは何なのか考えると難しいような気がしている部分も頭の片隅にはあるのです。それは色々な地区を見て、自分の地区にあるものは他の地区にもあったりするからなんですね。 (もちろん地元だけの魅力もあります)

でも、大館市に住んでいる人が大館市で暮らす様子は他の地区では絶対に見られないことですし、その魅力を素直に伝えられる良い手段があったら、全体には響かなくても一部には響くのではないかと思うのです。

モノを伝えるときに自分の生活が絡むなら、自分が商売をしているなら、幅広く大きく伝えようとするのはわからなくもない。でも、情報伝達には規模があって、そもそもの人口が少ない土地では伝えるべき人数は自分はそんな多くなくていいと思う。

今は昔みたいに同じ事柄でみんなが共感できるような時代ではないから、大多数に響くようなこと (平均点を考えたもの) を模索しても失敗に終わるのではないかと自分はマイナス方向で考えてしまう。それを伝えることができる人は戦略だったり、人脈だったりがすごい人なんでしょうけどね。

今まで見えなかった視点から地元を考えられるキッカケをくれた「日本酒」。大げさかもしれないけど、もっと深くディープに地元を考えてみたいんですよ、自分は。
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